放射光イメージング

位相CTアトラス計画

背景と目的

位相コントラストX線CT(位相CT)は、サンプルを透過した際に生じたX線の位相シフトから被写 体内部の密度を非破壊で3次元的に計測する撮像法である。硬X線領域において、酸素や炭素等の軽元素 に対する位相の散乱断面積は吸収の散乱断面積に比べて 1000 倍以上大きいため、従来の吸収コントラスト X線CTでは観察が難しかった生体軟部組織や軽元素材料など軽元素で主に構成されたサンプルを高精細 に観察することができる。現在、大視野の位相CT法は位相シフトの検出方法により、(1)結晶X線干渉 法、(2)屈折コントラスト法、(3)伝搬法、(4)回折格子(タルボ)干渉法の4種類に主に分類するこ とができる。このうち、結晶X線干渉法では波の重ね合わせ(干渉)から位相シフトを直接的に検出して いるために最も高感度である[1]。

KEK PFのBL-14C2 には結晶X線干渉法を用いた大視野のイメージングシステムが世界で唯一常設され ている[2]。そして、同法の高感度な特性を活用して、肝臓や腎臓内の各種腫瘍と正常組織の無造影識別[3]、 脳内に蓄積したアルツハイマー病βアミロイドの可視化と加齢に伴う定量解析[4]、表在ガンに対する抗が ん剤投与効果の経時観察[5]、肝臓の血流動態解析[6]、ヒト胚子の非破壊観察[7]、加齢に伴う各種臓器の変 化[8]など、バイオメディカル分野において様々な特徴ある観察が 2000 年前半より行われている。この間 に、X線カメラの更新による高機能化やシステムの安定化などを進め、現在では密度分解能が 0.3 mg/cm3 に達し、初期の頃とは比較にならないほど高精細なCT像が取得できるようになっている。

バイオメディカル分野において、各種疾患の病態観察、加齢に伴う臓器変化、薬剤投与効果の定量可視 化などに結晶X線干渉法をさらに幅広く活用していくためには、評価の基準となる各種正常臓器の三次元 画像コレクション(アトラス)が不可欠である。これまでに 20 年近くに渡って上記の常設撮像システムを 利用して各種臓器の観察が行われているが、空間分解能がX線カメラの世代毎に大きく異なること加えて、 X線のエネルギーや投影数等の撮像条件も大きく異なるため、これまでに取得したCTデータから統一し た像質の画像コレクションを作成することはできない。そこで、同一環境下で育成した正常マウスから摘 出した複数の各種臓器を対象として、最高の空間及び密度分解能となる統一した条件で計測し、評価の基 準に資する「位相CTの画像アトラス」を作成することを目的として、計測条件の最適化と標準条件の決定、腎臓、心臓、脳など一般的な臓器の計測を進めている。最終的には本アトラスを KEK 或いは九州シンクロトロン光研究センターのホームページで一般に公開する計画である。

  1. Yoneyama, et. al., J Synchrotron Radiat 28 (Pt 6), 1966-1977 (2021).

  2. Yoneyama, et. al., Journal of Physics: Conference Series 425 (19), 192007 (2013).

  3. T. Takeda, et. al., Radiology 214, 298 (2000).

  4. K. Noda-Saita, et. al., Neuroscience 138 (4), 1205-1213 (2006).

  5. A. Yoneyama, et. al, Japanese Journal of Applied Physics 45 (3A), 1864-1868 (2006).

  6. T. Takeda, et. al., Journal of Synchrotron Radiation 19 (Pt 2), 252-256 (2012).

  7. T. Kanahashi, et. al., The Anatomical Record 302 (11), 1968 (2019).

  8. L. Thet Thet, et. al. Acta Radiologica Open 7 (10), 205846011880665 (2018).




計測

PF BL-14C2に常設されている結晶X線干渉法によるイメージングシステム(図1)を用いて、正常マウスから摘出した各種臓器の高精細な3次元観察を行う。X線カメラには、ファイバーカップリング型の高感度且つ高精細のAndor製Zyla 5.5 HF (視野16x13 mm、画素サイズ6.5ミクロン、画素数2560x2160、転送レート50 Hz、蛍光体GOS、九州シンクロトロン光研究センターから持ち込み)を用いる。サンプルは、乾燥防止に加えて、空気との境界における大きな位相ジャンプを抑制するために、ホルマリン溶液で満たしたセル内でサンプルを回転するシステム付属のサンプル回転機構を用いる。


図1 結晶X線干渉法を用いたイメージングシステムの概要。

これまでの計測例

計測条件

エネルギー17.8 keV計測時間〜5時間/サンプル
露光時間3〜4秒

縞走査数3〜5

投影数1000投影/360度



順次掲載の予定です。






将来展望


各種臓器の評価基準となる本アトラスにより、各研究機関で標準サンプルを新たに準備・計測する必要 がなくなり、各種疾患、加齢、及び薬剤投与による各種臓器の形態変化に加え、HE 染色など各種染色と 密度の関連、新しい造影剤の評価など新たな研究を効率よく進めることが可能になる。さらに、吸収コン トラストCTで取得した従来のCTアトラスに比べて、極めて高精細な3次元画像になるため、医学や生 物学の教材として教育にも大きく貢献できると期待される。